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ゲシュタルトの祈り

順風満帆の左うちわサラリーマン生活を捨て、転職して年収爆上げするも5ヶ月で退職してフリーランスとして独立した僕の個人的なブログ。

本音で生きる。本気で生きる。処世術を知って、自分らしさを捨てるのもう辞めない?

こっちのブログは久しぶりです。
正直、書きたいことがありすぎてメディア設計が追いつきません。
このブログのスタンスは、思いついたことをとりあえずドバーって書きなぐってる感じなんで。
んでも、酔った勢いで今日も言わせて。
おっさんの戯言だと笑って許して。

 

この記事の目次

基本はYESだよ。でもNOがない世界は不自然だよ。

この問いは、必ず真/是となる。
生きやすいのは、確かにNOのない否定のない世界かもしれない。
でもそれって、思考停止してしまわないかい?

YESマンばかりで、自分を冷静に律することができる人間なんて本当に一握りだと思うよ。

なにも闇雲に否定しろ。拒否しろってことじゃない。

俳優の世界には
役者殺すにゃ刃物はいらぬ、ものの三度も褒めりゃよい」
という有名な言葉がある。

俳優は本番を迎えるまで、毎日のように否定の世界にいる。
それは、ダメ出しという改良あるいはブラッシュアップの世界だ。

 

役者は一日にしてならず

役者は一日にしてならず

 

 

ただ、これらは芝居という芸術や非日常の世界の出来事と切り捨てることができるだろうか。
もしそうだとするならば、きっとそれは俳優のそれとは限らず、あの人は凄い人だから、住んでる世界が違うから、良い人だから、私とは違うから、など結局は自分にとって都合の良い理由のひとつと変わりないのだろう。

それは、自分と向き合うことを諦めた、ユダの道だと思わないかい?

本来自分の信じた道ならば、批判を否定とはとらない

つまりは、そう思う心や迷いがある状態だということなのだ。
そして、もしいっしょくたに批判や意見を閉ざしてしてしまうのなら、それはとてももったいないことだなって僕は思うけどね。

ただ、もし耳や情報が心無い否定であふれているなら、相手にしないことだ。
その時、どうか自分を見失わないように。
本当に必要な声にまで耳を塞いでしまってはいけないよ。

我武者羅に生きろ。自分を隠すな。言葉の力を信じろ。

真心は人の胸を打つ。
下心は見透かされる。

だから、真心を持って本音でぶつかれば、必ず道が開ける。
どんなに不器用でも、その時は伝わらなくても、必ず届く。

だから、否定を恐れるな。
否定することを躊躇するな。

否定できるのは、相手を信じることができるからだ。
そしてもし、相手に伝わらなかったとしても君は悪くない。

次の言葉を躊躇するな。
我武者羅に生きている言葉は、言霊だ。

だから何度でも否定する。
否定に弱いお坊ちゃんはお家へお帰り。

あるいは、考え方が違うと否定も肯定もない灰色の世界に身委ねるか。
物事はつねに二律背反ではないし、どちらか一方が正しいということばかりではない。
それでも、自分の心をどこに置くかは決めておいた方が良いだろう。